薬の自己負担や処方ルールの変更について
近年、日本の医療制度は大きな転換期を迎えています。医療費の適正化を目的とした国の方針により、2026年からは市販薬と同じような効能を持つお薬に対して、これまでにはなかった追加負担が発生する仕組みが導入される予定です。また、湿布薬や栄養剤の処方制限も既に厳格化されており、これまで通りのお薬が受け取れなくなるケースも出てきています。この記事では、患者さんが戸惑うことのないよう、専門医の視点からこれからの薬のルールについてわかりやすく解説いたします。
2027年から始まるOTC医薬品類似薬の「特別料金」制度
2026年5月、病院で処方されるお薬の中に「特別料金」という新しい負担の枠組みが加わることが法律で決まりました。これは、ドラッグストアなどで購入できるOTC医薬品(市販薬)と同じ成分が含まれるお薬を処方箋で受け取る際に、通常の窓口負担(1割から3割)とは別に追加の費用を支払うという制度です。
具体的には、対象となるお薬の薬剤費の4分の1(25%)相当が、保険診療の枠組みを外れた全額自己負担となります。この制度の背景には、軽い症状であれば自分で市販薬を購入して治す「セルフメディケーション」を推進し、限られた医療資源を重症の患者さんに集中させたいという国の狙いがあります。
現在、厚生労働省が想定している対象薬は非常に多岐にわたります。日常的に処方される機会が多い以下のカテゴリーのお薬が含まれる見通しです。
- 花粉症やアレルギー症状を抑える抗ヒスタミン薬(アレグラ®やアレジオン®、クラリチン®など)・・これらはアレルギー性鼻炎の治療に欠かせないお薬です。
- 痛みや熱を抑える解熱鎮痛剤(ロキソニン®やカロナール®など)・・風邪の際や痛みの緩和に広く使われています。
- 胃酸の分泌を抑える胃薬や、便通を整える便秘薬(ガスター®やマグミット®など)・・長期にわたって服用されている方も多い薬剤です。
- 湿布薬や塗り薬(ロキソニンテープ®やボルタレンゲル®など)・・筋肉痛や関節の痛みに用いられます。
- 保湿剤(ヒルドイド® 、ヘパリン類似物質製剤など)・・皮膚の保湿に用います
2027年3月までには新制度が完全に開始される見通しとなっており、窓口での支払額がこれまでよりも高くなることが予想されます。制度の変更に合わせた治療の選択が必要になると思われます。
練馬区での湿布薬処方の現状と制限について
湿布薬の処方についても、近年は審査が非常に厳しくなっています。以前から「1回の処方につき70枚まで」というルールがありましたが、現在ではさらに厳格に運用されています。地域によって差があるかもしれませんが、練馬区の医療機関では、70枚を超えていなくても湿布を処方した際に保険審査で「返戻」を受ける頻度が高まっています。
「返戻」とは、医師が必要と判断して処方したお薬であっても、審査機関によって「保険適用として認められない」と判断されることを指します。認められなかった場合、医療機関がその薬剤費の大部分を負担することになり、クリニックの経営にも深刻な影響を及ぼします。
このような状況から、当院でも湿布薬については以下の対応をお願いすることがございます。
- 慢性的な痛みに対して長期間多枚数を処方し続けることは難しくなっています。
- 症状が安定している場合は、近隣のドラッグストアでの購入を推奨させていただくことがあります。
- 保険診療で処方できるのは、あくまで急性の炎症や医師が継続して管理する必要がある場合に限られます。
- 審査による「返戻」歴がある患者さんには今後の湿布処方はお断りさせて頂きます。
湿布は副作用が少ないと思われがちですが、中には光線過敏症(日光に当たった場所が赤く腫れる症状)などのリスクを伴うものもあります。不適切な長期使用を避け、適切なリハビリテーションや内服薬との組み合わせを検討することが重要です。
栄養剤(エンシュア等)の保険給付ルールの厳格化
以前は「飲む栄養剤」として、食欲が落ちた際などに処方されることが多かった経腸栄養剤(エンシュア・リキッド®、ラコールNF®など)ですが、2024年の診療報酬改定により、そのルールが大きく変わりました。これらは現在、「食品類似薬」として位置づけられ、単なる食欲不振や体力の維持目的では保険処方ができなくなっています。
現在、これらの栄養剤が保険適用となるのは、主に以下のような医学的に必要不可欠なケースに限定されています。
- 手術直後で、通常の食事から十分な栄養を摂取することが困難な患者さん。
- 胃ろうや経鼻胃管などを用いて、胃腸に直接栄養を送る「経管投与」が必要な患者さん。
- 高度な嚥下障害(飲み込みの障害)があり、特定の栄養組成を持つ製剤でないと生命維持が難しいと医師が判断した患者さん。
単に「食欲がないから」「元気をつけたいから」といった理由でこれらの製剤を保険で処方し続けることは、現在のルールでは困難です。代替案として、市販されているメイバランスやリハデイズといった食品扱いの製品の活用をご提案しています。これらは通信販売や地元のドラッグストアでも、1本230~260円前後の価格で購入可能です。
美容・ダイエット目的の不適切処方に対する当院の方針
近年のSNSの普及に伴い、本来は疾患の治療のために開発された医薬品を、美容やダイエットといった目的で使用する例が社会問題となっています。ヒルドイド®(保湿剤)やトランサミン®(止血・抗炎症剤)、シナール®、防風痛聖散®さらには糖尿病の治療薬であるGLP-1受容体作動薬(マンジャロ®、リベルサス®)などがその代表例です。
当院では美容目的の自費診療は行っておらず、医学的根拠に基づいた適正な処方を徹底しています。美容目的と疑われる可能性がある処方については、保険診療のルールに従い、一切お断りしております。
ヒルドイド®などの保湿剤について
ヒルドイド(ヘパリン類似物質)は、アトピー性皮膚炎や皮脂欠乏症などの患者さんのための治療薬です。単なる美容クリーム代わりの使用は、本当に治療を必要としている患者さんの負担増につながります。適切なスキンケアは疾患管理のために行われるべきものです。
トランサミン®について
粘膜の炎症改善や止血剤として使用しますが、肝斑・シミ改善目的でも使用されます。心血管病変がある方や低用量ピルを内服している患者さんでは血栓症のリスクが上がります。
シナール®(アスコルビン酸+パントテン酸)について
ビタミンC不足に対して処方されますが、美白補助・抗酸化目的でも使用されます。
防風痛聖散®について
肥満改善、内臓脂肪減少、便秘改善効果があるため、ダイエット補助目的でも使用されます。漫然と投与を継続すると甘草による偽性アルドステロン症や低カリウム血症をおこすことがあります。
ダイエット目的のGLP-1受容体作動薬について
「痩せ薬」として紹介されることもあるマンジャロやリベルサスなどのGLP-1受容体作動薬は、本来は2型糖尿病の血糖コントロールを改善するための先進的な治療薬です。これらを健康な方がダイエット目的で使用することは、低血糖や急性膵炎などの重篤な副作用を引き起こすリスクがあります。
オンライン診療などでの不適切な処方が問題視されていますが、当院では糖尿病専門医の管理のもと、真に治療を必要とする糖尿病患者さんに対してのみ、精密な検査を行った上で処方を行っています。糖尿病の適切な管理については「糖尿病」のページをぜひご覧ください。
当院での薬物療法に対する考え方とアプローチ
中村橋いとう内科クリニックでは、単にお薬を出すだけでなく、その方のライフスタイルや疾患の予後(病気の見通し)を考慮した、的確な薬物療法を心がけています。制度が厳しくなる中で、患者さんの経済的負担を抑えつつ、最大限の効果が得られる治療法を共に考えていくことが私たちの使命です。
私たちは、以下のようなアプローチで診療を行っています。
- お薬手帳を活用し、他の医療機関との重複投与がないかを厳密にチェックします。
- ジェネリック医薬品(後発医薬品)を積極的に活用し、薬剤費の負担軽減を図ります。
- 症状が安定した「寛解」状態にある場合は、お薬の減量や中止を検討する「デ・プリスクライビング」も視野に入れます。
- 専門的な知識を持つ医師が、市販薬で代用可能なものと、処方薬でなければならないものを明確に区別してご提案します。
特に呼吸器疾患や糖尿病、アレルギー疾患においては、お薬の吸入指導や自己血糖測定の技術が治療の成否を分けることもあります。お薬のルールが変わることで不安を感じるかもしれませんが、どうぞお気軽にご相談ください。
院長より
お薬の処方ルールや自己負担の変更は、患者さんにとって「今までと違う」という不安を感じさせる大きな出来事だと思います。しかし、これらの変更は日本の皆さんがこれからも良質な医療を受け続けるために、医療保険制度を持続させるための苦渋の決断でもあります。院長・副院長それぞれの高い専門性を活かして、制度の枠組みの中で最も患者さんに適した治療を選択することを目指しています。
練馬区の中村橋という地で、地域の方々が安心して健康を預けられる場所でありたいと考えています。制度が変わっても、私たちが患者さん一人ひとりに寄り添い、丁寧な説明を行うという姿勢は変わりません。お薬に関する疑問や、自己負担の増加に対するお悩みがあれば、いつでも診察時にお話しください。
